聚楽第とは?

1587年(天正15)に豊臣秀吉が京都に造営した城郭風の荘厳華麗な邸宅。
その後、秀吉の甥である秀次に譲るが、1595年(文禄4)秀次との関係が悪化し、聚楽第も破却。
聚楽第の範囲は正確には未だ不明ですが旧平安京内裏(だいり)跡にあたり、
東西600メートル、南北700メートルという二条城よりひと回り大きい壮大なもので
東は大宮通、西は浄福寺通、南は二条通、北は一条通あたりと言われています。

聚楽第跡の碑
・聚楽第跡の碑:京都市上京区浄福寺通中立売

聚楽第から移築されたと言われているものとして
・西本願寺【飛雲閣】[国宝]:京都市下京区堀川通花屋町下ル
・大徳寺【唐門】[国宝] :京都市北区紫野大徳寺町
・妙覚寺【表門】:上京区新町通鞍馬口下がる下清蔵口町
があります。
また、聚楽第跡地から発掘された金箔瓦が重要文化財に指定されています。

・松林寺:京都市上京区智恵光院出水下ル
 階段部分は聚楽第外堀の跡と言われています。
松林寺表札の写真 松林寺正面の写真 松林寺内側からの写真
・妙覚寺:京都市上京区小川通上御霊前東入ル
 表門は聚楽第から移築されたと言われています。
妙覚寺入口写真 妙覚寺本堂写真 妙覚寺境内写真

自然素材で造る家 京都聚楽壁・土壁 「飯田左官」

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